ぱらりーそーしー日記

タイトルに特に意味はありません。子どもの造語がかわいかったので、タイトルに使いました。本、子育て、映画、旅行等。たまにしか投稿しませんが…

ガミラス国歌とクラシック音楽

最近「ヤマト2199」(テレビ版)を見ています。

第1話 イスカンダルの使者

第1話 イスカンダルの使者

  • 発売日: 2014/12/05
  • メディア: Prime Video
 

絵も、今時のアニメらしく、随分ときれいになりましたね。また、小学生の頃、旧作を見て、子ども心にも「さすがにそれはないで…」と思えた強引な点にそれなりに説明が為されているのもよかったです。
安易に自己犠牲の場面が出て来ないのも、いいところでした。

そんなこともありまして、最近は子どもがこれをよく聴いています。宮川彬良さん、曲ももちろんいいですが、お話も実にうまいですね。

「宇宙戦艦ヤマト2199」ヤマト音楽団大式典2012

「宇宙戦艦ヤマト2199」ヤマト音楽団大式典2012

 

気に入っている曲が何曲かあるようですが、このところ特によく聴いているのは、ガミラス国歌「永遠に讃えよ、我が光」です。

軍事国家っぽい勇ましい感じ、異国を感じさせる響きで、かっこいい曲だなとは思っていましたが、あらためてヘビーローテーションで聴いているうちに(聴かされているうちに)、リズムがトルコ・マーチであることに気がつきました。
ドン・ドン・ドンドンドン、というリズムです。

オスマン・トルコはヨーロッパに攻め入り、ウィーンを包囲したこともあったそうです。
ヨーロッパの人たちが耳にしたオスマン・トルコの軍楽隊の音楽は、自分たちが慣れ親しんだ音楽とは全然違い、それは脅威をより感じさせるものだったかもしれませんね。
オスマン・トルコがおとなしくなった後は文化的交流も増え、エキゾチックな異国の音楽を楽しむ余裕も出て来たのか、例えばモーツァルトの「トルコ行進曲」など、トルコ・マーチを取り入れた曲が作られるようになったそうです。

そうしてみると、侵略的な軍事国家であるガミラスの国歌にトルコ・マーチのリズムを使っているのは、またちょっと禍々しいような感じもする響きがあるのは、ぴったりですね。

ハマを出て、ダマスカスへ

シャワーを浴び、みんなで昨日の残りのスープを利用したパスタを作って朝食にした。しょう油味のスープで、これでまたしょう油味ともしばらくお別れだ。

日本人夫婦は午前中に出発した。付き合いやすい人達だったな。
たまたまかもしれないけど、旅行中、同じドミトリーであまり嫌な人に会ったことがない。異国で同じ言葉が通じる人といる安心感もあるのだろうし、あるいは、外国に来て自由を感じ、その人のいいところが出て来るようなところもあるのかもしれない。

それからバス・オフィスへ行って時間を確認し、チケットを買う。急いでホテルへ戻り、チェックアウトだ。

チェックアウトを告げると、Aさんに"Why?"とか聞かれて辛かった。ここリアド・ホテルは設備もいいし、従業員も最高で、本当に出て行きたくなかった。最後に彼と写真を撮って、ハマを後にした。

f:id:doromechan:20210502222129j:plain

リアド・ホテルにて

バスの中ではほとんどの時間寝ていた。途中どこかにバスが寄って停車し、みな降りていく。

隣に座ってた子どもも降りて行ったんだが、ふと見ると座席の下に荷物を忘れている。慌てて荷物を持って追いかけ、追いついたんだが、どうもその子のジェスチャーからすると、ちょっと休憩時に何か買いに降りただけのようだ。少し恥ずかしい思いをしたが、それをきっかけに子どもも少し笑顔を見せてくれるようになり、その子のお父さんはバナナをおごってくれた。

その後、2時間30分ほどしてダマスカスのターミナルに着いたが、途中の荒涼とした大地を少し覚えているだけだ。 

 

1998年12月のある日

ハマでの「生活」

今日は一日ダラダラしよう。遅く起きてシャワーを浴び、食堂で同宿の日本人のみなさんと、昼ごはんにパンを食べる。その後、本当は街中を散歩したいと思ってたんだけど、そのまま15:30頃までみんなでダベっていた。

15:30過ぎになって、夕食(和風のやつ)を作るべく、買い物に出ることにした。Mさんが醤油を持っていたので、久しぶりの和風だ。

f:id:doromechan:20210417230147j:plain

ハマ カリーさんノートより

リアド・ホテルから少し、時計塔と反対方向に歩くとスークがあり、そこで鶏肉、ホウレン草に似た野菜、ネギ、ニンニク、卵、米等を買って帰る。

みんなには先に帰ってもらって、バスのオフィスへ行ってみた。カルナック(国営バス)で行くつもりだったが、まずカルナックのオフィスがよくわからなかった。看板は出てるけど、表ではシャワルマ(ドネル)を焼いているのだ… しかもおじさんに聞くと、ダマスカス行きのバスは06:30発とか、かなりあやしい英語で言っている。大丈夫なのか…
次に行った民間バス会社ではダマスカスへのバスはなく、2軒目の民間バス会社の11:30発の便で行くことにした。明朝、チケットを出すと言う(90SP)。

帰ってしばらくダベった後、食事の支度にかかった。
ネギを刻み、鶏肉をともに醤油味に焼く。一方でご飯を炊き、ホウレン草もどきのスープを作る。久しぶりの醤油の匂い、鶏肉の照り焼きのような色がとてもいい。
食堂でみんなで食卓を囲む。醤油の染み込んだチキン、そして白いご飯にその汁をかけて食べる。最高の食事だ。
途中で従業員のAさんが顔を出したので、少しすすめてみる。「なかなかおいしい」と言っていた。本当だろうか。日本人が例えばニョクマムに独特の香りがあると思うように、外国人にとって醤油も「変わった匂い」だと思うんだけど。

食事の後、いつもの店へパンを買いに出た。帰りに何だか無性にチョコが食べたくなって、この前クリスマス・ケーキを買った店で、小さい菓子をいくつか買って帰った。

夜はそのケーキをつまみつつ、サロンでみんなでトランプをして過ごした。
ここで初めてセブンブリッジを覚えた。4人で2人ずつのチームに分かれてやるもんだと思っていたけど、どうも2人以上何人でもできるようだ。ルールも意外と難しくない。
01:00頃までサロンでやって、その後、部屋に戻ってまたもや夜遅くまで大富豪を続けた。

 

1998年12月のある日

クラック・デ・シュバリエからハマに戻る

f:id:doromechan:20210305233332j:plain

クラック・デ・シュバリエ

 クラック・デ・シュバリエからの帰りのセルビスは城の前で待っていた。「あと4人の客が来るまでは出ない」と言ってたのに、どんな理由でだか、ちゃんと出発した。このセルビスは途中までで、そこから他のセルビスに乗り換えた。

 セルビスはホムスに着き、今度はハマに行くミクロ・バスに乗り換える。このミクロ・バスがいけなかった。ホムス-ハマ間は11SPなんだが、受付してた奴がぼって来た。ほとんどシリア人しか乗らないローカル路線でぼるのか。

 一緒にクラック・ド・シュヴァリエを見に行っていた日本人夫婦がそいつとちょっともめ、他の乗客のシリア人がそいつを非難して、10SP払うだけで済んだ。

 奥さんの方は怒っていた。馴れ馴れしく体を触られたりもしたようで。トルコやシリアを女性が旅するのは大変だろう。シリア人はまだマシだが、トルコ人は東アジア人をなめているようにも思える。

 ハマに着いて、ファラフェルを買って帰った。店先でドーナツを揚げていると思ってたけど、それがファラフェルだった。豆をつぶしたものにゴマか何か入っていて、それを揚げて食べる。1個が1SPだった。10個買って、パンとともに昼食とする。

 ここまでのドミトリーで会った日本人バックパッカーはファラフェルのことをあまりよく言ってなかったけど、揚げたてだからか、初めてだからか、そんなに悪くは思わなかった。少しカレーを連想させる味がする。でも、あまりいい油は使ってなさそうだ。
 シリアは外食産業はあまり発展してなさそうだから、たぶん、みんな、ファラフェルばかり食べてて、もう飽きたんだろうな。

 その後しばらくサロンでMさんに鶴の折り方を習って過ごした。覚えておいて折ってあげると、外国人にはうけるかな。実際、横で見ていたシリア人のBさんやテレビを見ていたシリア人のおじさんも興味を持って、紙を手に折り方を習い始めた。

 日本人夫婦、Mさん、Aさんで2回目の夕食(ランチ)だ。みんなで食事の用意をする。ラマダン中は陽が沈むまで食べられない。そんなわけで、日没後最初の食事をブレイクファストと呼び、2回目の食事をランチと呼んでいた。そして、今夜も遅くまで話し込むのだった。

第164回芥川賞候補作を読み終わった

ついに第164回芥川賞候補作を読み終わった!

よく読むのはSFとマンガで、「文学」はあまり読みません。(文学の定義って何なのかな)
なので、芥川賞とか直木賞とかあまり興味がなかったんだけど、大森望氏と豊崎由美氏の「文学賞メッタ斬り!」を聞いたり読んだりするうちに、そういう楽しみ方もあるんだな、おもしろそうだなと思って、候補作を読んでみることにした。

芥川賞にしたのは特に理由はなく、なんとなく芥川賞候補作5作の方が興味を持てたから。

まず候補作はこの5作だった。読んだ順に載せてます。

旅する練習

旅する練習

 
小隊 (文春e-book)

小隊 (文春e-book)

 
コンジュジ (集英社文芸単行本)

コンジュジ (集英社文芸単行本)

 
母影

母影

 
推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 

 「文学」って言うと、なんだか難しそうな感じがするし、実際にそういうのもあるけど、この5作は、「文学」という言葉に構えながら読んでみると、拍子抜けするくらい読みやすい。
いろんなことを丁寧にすくっている(表現している)とは思うけど、意外と普通の本、普通のお話という感じだ。(質が普通だと言っているわけではない)

自分のことを棚に上げて、偉そうに、「みんな、もっと気軽に読めばいいのに」と思うけど、そこそこ読まれているんだろうな。特に受賞作とか、よく売れているみたいだし。
(人口の何%…とかいうことは考えない)

全部の作品がそうかわからないけど、時期が時期なので、新型コロナウイルスが直接出て来たり、その影を感じたりするのは、さすがに今の小説だった。

芥川賞を受賞した宇佐美りん「推し、燃ゆ」はたしかに立派な作品だった。芸術に作者の年齢は関係ないとは言っても、大学生でこんな格の高い感じがする文章を書けるのかと驚いた。見えている世界、感じていることの描写も丁寧だし。すごいなあ。

私的芥川賞は乗代雄介「旅する練習」だった。
結末があのようで泣ける話というだけだったら選ばないけど、何と言うか、以前に書いた投稿のように、書くということが胸に迫るものがあった。

paraly-sorcy-diary.hatenablog.com

 さて、次の芥川賞の時にはどうするかな。出たばかりの本を買うとお金も結構かかるしな(笑) それに見合うものはもちろんあるんだけど、読みたい本が多過ぎて困っているのもあって。

もっと文学を読むことを人に勧めといて、終わりがそれかよって感じですね。